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学生のころ読みあさっていた夢野久作の小説のなかに 「あやかしの鼓」ってのがあります。 ストーリーはよく覚えてないのだけど、鼓の中の鼓というか、 日本刀なら村雨、 ピアノなら古いNYスタインウェイ(注1)といった類の、 「究極の鼓」に呪われた主人公の物語です。

読んだのはずいぶん昔のことで、ストーリーはほとんど忘れてしまったのですが、 とにかくも、 「_究極の鼓の音色_とはどんな音なのだろうか」と、 美しく響く音をいろいろと想像し、ドキドキしながら読み進んだことはよく覚えています。 そして、とうとうその描写につきあたったところで大変ショックをうけてしまいました。 その鼓の美しい音は「ポン」でも「ポーン」でもなく、ただ 「」という余韻のない音だというのです。 改めて考えてみると、そのような音とはつまり、 _空間に吸い込まれて消えていくような、だからこそ寂寥感があり、心に静かにしかし力強く響く音_なのです。 _静寂を聞かせる音_といってもいいのかもしれません。

去年の年末にウィーンのムジークフェラインの黄金の間で聞いたオーケストラの響きは, ピアニッシモの響きが宙にスーッと浮かんできて,ホールの隅々にまで静かにキラキラと光りながら広がり、そしてそれが軟らかく身体 を包んでくれるような音で始まりました。 例えるなら、クリムトの「ダナエ」の世界と紙一重。 なるほどクリムトはウィーンの画家なのだとさらに納得! それはともかく、 これほど美しくppで響きわたる音というのは生まれて始めての体験でした(注2)。

日本の湿っぽい風土と音の響きにくい土や木や紙を使った建築 (最近はさらに安普請のプレハブが多いが...)、 ヨーロッパの乾いた空気と石造りの町。 どちらの文化でも求める音は風土や文化と密接につながっていて、 普段話す時の発声から違っています。 というわけで、やっぱり餅は餅屋、餅屋がハンバーガ作ってもあかんですな~(;_;)。

注1)古いNYスタインウェイには、ときどきヒトの魂を吸い取る魔物が住んでいるのがあるのです。~ 注2)ただし、これに迫る体験は日本でもいくつかあります。たとえば、ホロヴィッツの出すppの音色は、音が魂をもってふわふわと浮いて やってくるような音でした。あれは人間の出す音では有りません。きっとスタインウェイにすむ悪魔が出した音なのです。(残念ながら録 音にするとこの悪魔はどこかに行ってしまうようです;_;) あの音を聞いたのが、もしも日本でなくカーネギーとかだったらどんな音にな るのだろうと考えると、想像するだけで涙出そうです。

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