音階の話

はじめに

弦楽器をはじめて最初の悩みは,「自分の感じる音程が正しいかどうか確信を もてない」ことでした。 長年のおつきあいのピアノのおかげで曲がりなり程度の絶対音感はあるような 気がしていたのだけど、どうしても自分の感じる音程に自信をもてない。 その理由は考えてみればいたって簡単で、実は「正しい音程とはどういう音程 か知らない」だけのことでした。

調べてみると案外奥の深い話で、定義としての音階がいくつもある上に、さら に気分による味付けがそこに加わる。 そもそも大多数の方は、定義なんぞどこ吹く風のごとく長年のカンと経験のみ で得た千差万別の音程を使っているようで、そのこともわからない初心者のう ちは「高すぎ」「低すぎ」と言われるままにただ混乱してたのだけど、あ る程度定義がわかると、各人の持つ音程の癖も見えて来て面白くなってきます。 まぁ、定義なぞわからなくても上手であればよいのですが、「長年の経験」を 積む時間のゆとりがないなら、なんとか無い知恵でも絞って補 おうと少ない練習時間をさらに削ってまとめたのがこの文章です。

オクターブ

どのような音律でも,1オクターブ離れた音の周波数比は1:2となるように とる。

ピタゴラス音律

do→sol→re→la→mi→si→fa#→do# と全て上行5度(2:3の周波数比)で各音 をとっていくと,一オクターブの幅が少し拡がってしまう(\((\frac{3}{2})^{12}/2^7=1.0136...\))。 そこで,上方向には,do→sol→re→la→mi→si→fa#→do#→la♭(sol#) と決め, 下方向に do→fa→si♭(la#)→mi♭(re#) と決める。 そしてしわ寄せをmi♭とsol♯の間にうめてしまう(ピタゴラスコンマ) のがピタゴラス音律。

スケールを構成する7音をつくるには,faをdoと完全4度にとり,あとは全て doから5度上にとっていけばよい。

平均律

隣り合う各12音程間の比率を一定にするのが平均律。比率を\(r\)とすると、 基準音とオクターブ上の音程比は\(1:r^{12}=1:2\)とならなければいけないので、 \(r=\sqrt[12]{2}\)となる。耳でうなりを聞いてこの音程をとるのは不可能であ り、あらゆる和音は汚く濁る。

このため、鍵盤楽器では近似的に平均律を実現する方法がたくさん提案されて いる。 ちなみにBachの「平均律クラヴィーア曲集」は、英語だと”The well-tempered clavier”であり、「よく調律された...」という意味であり、 “equal-tempered”(平均律)ではない。 実際、バッハの時代には現在使われてるような平均律は存在しておらず、平均 律の普及は20世紀以降と言われている。 現在でも、国によって少しずつ調律の音程には特徴がある...らしい。

ベートーヴェンの弦楽合奏には素晴しい響きを感じるのに、ピアノソナタが僕に はうるさく感じられるのは、調律のせいなんだと思う。

純正律

長調

基音(1),第三音(5/4),第五音(3/2)で構成される和音を, 基音上(I),第五音上(V),基音下(IV)にとる。 すなわち,I, IV, Vの三和音が同じ響きになるようにとると, 長調の音階を構成する音を得ることができる。 具体的には,周波数比を次のようにとる。 \($\begin{aligned} \mbox{do:mi:sol}=\mbox{sol:si:re}=\mbox{fa:la:do}=4:5:6 \notag\end{aligned}\)$ これで決まる7音の周波数比は次のようになる。

これで決まる7音の周波数比は次のようになる。

階名 do   re   mi   fa   sol   la   si   do
周波数比 1   9/8   5/4   4/3   3/2   5/3   15/8   2
間隔   9/8   10/9   16/15   9/8   10/9   9/8   16/15  

上の表のように2度音程には広い音程(周波数比9/8)と狭い音程(10/9)がある。 前者を大全音、後者を小全音とよぶ。

短調(自然短音階,エオリアンモード)

長調で決めた音律において,la を出発点とする(以下でもこの基準となる長 調での階名で記述する)。 la:do=5:6 が短三度となる。 \($\begin{aligned} \mbox{la:do:mi}=\mbox{mi:sol:si}=10:12:15 \notag\end{aligned}\)\( となるが,\)\mbox{re:fa:la}=27/8:4:5\(となるので,不協和音となる。 すなわち長調で純正にとった場合,並行調での第IV和音は不協となる。 ただし,do-re の間隔を10/9(小全音)のほうにとれば\)\(\begin{aligned} \mbox{la:do:mi}=\mbox{re:fa:la}=\mbox{mi:sol:si}=10:12:15 \notag\end{aligned}\)$ と三和音をすべて同じ響きにできるので, 弦楽器の場合は,re を長調の場合に比べて低めにとればよい。

do を出発点とした場合(同主調の場合)には, \($\begin{aligned} \mbox{do:mi♭:sol}=\mbox{sol:si♭:re}=\mbox{fa:la♭:do}=10:12:15 \notag\end{aligned}\)$ となるように,mi♭とsi♭とla♭が決めればOK。 このときは,reは長調の場合と同じ長音を使えば良い。

短調(和声的短音階)

自然短音階では,ドミナント(V)がminor codeになる。これをmajor code にお きかえて,ドミナントが和声的に機能するようにしたものが和声的短音階。

短調(旋律的短音階)

自然短音階や旋律的短音階では,サブドミナント(IV)がminor codeである。 これをmajor codeにおきかたものが旋律的短音階。 和声的短音階では,第6音と第7音の間が増二度で歌いにくい点が解消される。

ただし,クラシック音楽ではスケールを昇る時に旋律的短音階を用いた場合, 下降時は自然短音階を使うことが多い。 ジャズでは両方で旋律的短音階をしばしば使う。

転調(属調・下属調へ)

属調のIとIV, 下属調のIとVはどちらも原調の3和音なので純正。 属調のVと下属調のIVが問題。

属調のVを純正にする

目的は原調の階名で次式を満足することである。 \($\begin{aligned} \mbox{re:fa♯:la}=4:5:6 \notag \end{aligned}\)$ 原調の調整では,re:faは4:6よりせまいので以下のいずれかの方法をとる。

下属調のIVを純正にする

目的は原調の階名で以下をみたすことである。 \($\begin{aligned} \mbox{si♭:re:fa}=4:5:6 \notag\end{aligned}\)$ これも原調のままでは無理である。 そこで,re を低めに小全音(10/9)とし,si♭も短調で 決めたのよりも低めの(16/9)とする。

下属調が短調の場合は,長調と同様の修正に加えて, re♭を(16/15)と決めれば以下の関係がみたされる。 \($\begin{aligned} \mbox{si♭:re♭:fa}=10:12:15 \notag\end{aligned}\)$

音律表

純正律での音程を付録[sec:pure]に、各音律での音程の比較を付録 [sec:comparison]にまとめてみた。

弦楽器での音階

調弦

ヴァイオリン属の調弦は5度でとるが、これを完全5度でとると各弦の音程はピ タゴラス音律に従うことになり、純正律と矛盾をきたす。 また、ピアノ等の平均律楽器とのアンサンブルでも問題になりうる。 このため、調弦は正確に5度にとらずに、5度よりやや狭めに取る人も多い。 高音弦の階名をla、低音弦をdoとしたときの音程は以下の通り。

  la re sol do
5度調弦(下降) 1 2/3 (2/3)2=2(2/3)2 (2/3)3=2(2/3)3
  1 .6667 .4444=.8888 .2963=.5926
5度調弦(上行) (3/2)3=1/2(3/2)2 (3/2)2=1/2(3/2)2 3/2 1
  3.375=1.6875 2.25 =1.125 1.5 1
純正(上行) 5/3=1.6667 9/8=1.125 3/2=1.5 1
純正(下降) 1      

弦楽器でのスケールの決定

仮想上の弦も含み,fa - do - sol - re - la を完全5度で調弦した場合の音 階の取り方。

純正

ピタゴラス

参考

純正律の音程比[sec:pure]

                                                           セント値(注)
                                                   (16/15)  111.7 (do♯)
                                            (10/9) -------- 182.4 短音
                                     (9/8) ---------------- 203.9 長音(re)
                               (8/7)                        231.2
                        (7/6)                               266.9
                  (6/5) ----------------------------------- 315.6 短3(me)
                                            (11/9)          347.4
            (5/4) ------------------ (10/8) --------------- 386.3 長3(mi)
                               (9/7)                        435.1
      (4/3) ----------- (8/6)-------------- (12/9) -------- 498.0 完4(fa) 
                                     (11/8)                 551.3
                  (7/5)                                     582.5
                               (10/7)                       617.5
                                            (13/9)          636.6
(3/2) ----- (6/4) ----- (9/6)------- (12/8) --------------- 702.0 完5(sol)
                                            (14/9)          764.9
                               (11/7)                       782.5

                  (8/5) ----------------------------------- 813.7 短6(la♭)
                                     (13/8)                 840.5
      (5/3) ---------- (10/6)-------------- (15/9) -------- 884.4 長6(la)
                               (12/7)                       933.1
            (7/4) ------------------ (14/8) --------------- 968.8 和声的短7(la♯)
                                            (16/9)          996.1 低短7(si♭)
                  (9/5) ---------------------------------- 1017.6 短7(si♭)
                        (11/6)                             1049.4
                               (13/7)                      1071.7
                                     (15/8) -------------- 1088.3 長7(si)
                                            (17/9)         1101.0

注)ある音程のセント値とは、基準音との周波数比\(r\)を用いて\(1200\log_2r\)で定 義される。 オクターブあたりのセント値は\(1200\log_22=1200\)、 平均律なら半音の音程のセント値は\(1200\log_2\sqrt[12]{2}=100\) となる。

音律表

表中のピタゴラスの太字は最終的な決定値, また,純正調での()は属調・下属調まで考えて定義できるもの。

ピタゴラス上行 do do# re re# mi fa fa# sol sol# la la# si do
決定順 1 8 3' 10' 5' 12 7' 2 9 4 11 6 13
  1 1/24(3/2)7 1/2(3/2)2 1/25(3/2)9 1/22(3/2)4 1/26(3/2)11 1/23(3/2)6 3/2 1/24(3/2)8 1/2(3/2)3 1/25(3/2)10 1/22(3/2)5 1/26(3/2)12
  1 1.0679 1.125 1.2014 1.2656 1.3515 1.4238 1.5 1.6018 1.6875 1.8020 1.8984 2.0273
セント値 0 113.7 203.9 317.6 407.8 521.5 611.7 702.0 815.6 905.9 1019.6 1109.8 1223.5
ピタゴラス下降 do re♭ re mi♭ mi fa sol♭ sol la♭ la si♭ si do
決定順 1 6 11 4' 9 2 7 12 5' 10 3 8 13
  1 23(2/3)5 26(2/3)10 22(2/3)3 25(2/3)8 2(2/3) 24(2/3)6 27(2/3)11 23(2/3)4 26(2/3)9 22(2/3)2 25(2/3)7 28(2/3)12
  1 1.0535 1.1099 1.1852 1.2486 1.3333 1.4047 1.4798 1.5803 1.6648 1.7778 1.8729 1.9731
セント値 0 90.2 180.4 294.1 384.4 498.0 588.3 678.5 792.2 882.4 996.1 1086.3 1176.5
0 .0144 .0151 .0162 .0170 .0182 .0192 .0202 .0216 .0227 .0243 .0256 .0542
セント値 0 23.5 23.5 23.5 23.5 23.5 23.5 23.5 23.5 23.5 23.5 23.5 47
純正 do re♭ re mi♭ mi fa fa# sol la♭ la si♭ si do
  1 (16/15) 9/8 6/5 5/4 4/3 (45/32) 3/2 8/5 5/3 9/5 15/8 2/1
  1   1.125 1.2 1.25 1.3333   1.5 1.6 1.6667 1.8 1.875 2
セント値 0 (111.7) 203.9 315.6 386.3 498.0 (590.2) 702.0 813.7 884.4 1017.6 1088.3 1200
ピタゴ−純正 0   0 -21.5 21.5 0   0 1.9 21.5 -21.5 21.5 -
平均律 1 1.0595 1.1225 1.1892 1.2599 1.3348 1.4142 1.4983 1.5874 1.6818 1.7818 1.8878 2
セント値 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200
平均律−純正 0 (-11.7) -3.9 -15.6 13.7 2 (9.8) -2 -13.7 15.6 -17.6 11.7 1200
倍音列 1   9/8   5/4   (11/8) 3/2 (13/8)   (7/4) 15/8 2
倍音数 1   9   5,10   11 3,6,12 13   7,14 15 2,4,8,16
セント値 0   203.9   386.3   (551.3) 702 (840)   (968.8) 1088.8 1200