13 Sep,2004

おとだま

blog music

_「音楽」_とはとても不思議なものだとよく思います。 (今回の「音楽」は語源と関係ない話です。)

「文学」は「言葉」という「シンボル」でいろんなものを指し示してなにかを伝えようとします。 いろいろなものを見たときに、網膜にうつるのと同じ様な刺激を生み出すものをキャンバス上に作れば、 「絵」と言うものになります。 写実に凝った絵なぞは「すごーい、本物そっくり」なんて言われたりします。

_「音楽」_は、(一部の音型をのぞけば)「シンボル」でなにかを直接指し示すものでもありませんし、 普段耳にするものと同じ様な音の刺激を合成してるわけでもないようです。 もちろん何かの音真似が入ってる曲もあるにしろ、 「すごーい、本物そっくり」なんて音楽はないような気がします。

注)そういえば、ヴァイオリンで犬の鳴き真似してる人をテレビで見たことあるけど、あれは音楽とよばない...のだと思う。

いったい_「音楽」ってなんだろと考えると、 「音楽」_は 「音自体(音色)」「音の縦の組合せ(ハーモニー)」「音の横の組合せ(フレーズ)」「音のタイミング(リズム)」で、 作るわけですが、こまかいことはともかく、ある空気の振動の刺激をつくって、 そいつが耳から脳ミソに伝わって、いろんな神経がわさわさと活動して、 その結果_うれしい気分とか悲しい気分とかをうまく誘発できるもの「音楽」_と呼んでるようで、 こう考えるとなんだか

「音楽」とは「怪しい%%電波%%音波」

のようです。

  • 注1)うまく誘発できない(と思われる)ものもしばしば「音楽」と呼ば@%☆(以下自粛)。
  • 注2)誘発できるはず(と思われる)の「音楽」の楽譜を見て、誘発できない%%電波%%音波に変えるのは私の得意技です(;_ ;)}
  • 注3)%%電波%%音波を使わずに直接脳味噌を電気刺激して脳波を誘発する方法は、今のところ「音楽」とは言わず単に「電気刺激」と言います。
  • 注4)こう書いてみると会話と音楽の境界は随分あいまいな気もします。

すごい作曲家ってのは、 どういう音をどんな組合せで聞かせるとどんな気分になるかを熟知してたわけで、 これが世界共通の影響をもってるように思えるのは、すごいことです。 _「怪電波をあやつる達人」か、 はたまた 「おとだまと遊ぶ妖怪変化か」_ってとこです。

_「音楽」をつくるにはいったいどんな秘訣があるのかと 「和声」の教科書なぞ見てみるとなんだか 「規則」がいろいろ書いてあって目眩いがしてきます。 この「頭の痛くなる規則の塊が音楽」かと思うと誠に固っくるしぃ気分になります。 でも、「和声法」ってのは、そもそもは 「気持ちよく聞こえる音の組合せ」を経験的に発見_ してきてまとめた「法則集」のはずです。

「りんごは木から落ちる」ってのを見て「万有引力の法則」

ができたみたいに

「ドミナント(V)からトニカ(I)になったらなんだか落ち着いた」ってのを感じて「カデンツの法則」

が発見されたわけです(と思います)。 するてぇと、

「和声法」ってのは実は「心理学の法則集」

てことになります。 それを規則ってぇ呼ぶとなると、 守らないとお巡りさんとかやってきて怒られそうですので、

「和声規則反対。和声法則と書き換えるべし」

ぁ、話がそれました。

注)ちゃんと「法則」と書いてる本も結構あります。

画家はなにかを見て目に映ったものをキャンバス上にコピーするだけでなく、 配色や空間的配置を巧みに工夫して見る人の脳ミソを上手に刺激します。 逆に言えば、うまく刺激できれば何を描いてもいいわけです。 美術コーナに行くと、色の組合せや空間配置についての本がいっぱいあります。 見たときの気持ちとの関係をとても丁寧に書いている本もあります。

なぜか_「音楽」_に関しては、 「和声規則」だか「交通規則」だかみたいな本が多いようで(気のせい?)、 「音と心」を扱った楽しげな本がもっともっとあってもよいのにと不思議な気持ちがします。 というわけで、いい本あったら是非教えてくださいませ。

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